現実と理想(New!)
- shinpujyuku
- 1 日前
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未来は評価できない。
しかし、現在は評価できる。
僕はそう考えている。
未来のことは誰にも分からない。
受験の結果も分からないし、日本の将来も分からない。
十年後、二十年後にどんな仕事が残っているのかも分からない。
だから、「絶対受かる」とも言わないし、「どうせ無理だ」とも言わない。
ただ、未来が分からないことと、現在を見なくていいことは別である。
生徒の勉強について考える時もそうだ。
宿題は終わっているのか。
自学には来ているのか。
テストでは何点取ったのか。
「頑張っているはずだ」ではなく、実際に何をしたのかを見る。
日本の将来について考える時も同じである。
人口はどうなっているのか。
経済はどうなっているのか。
技術競争ではどのような立場にあるのか。
願望や期待ではなく、まず現実を見る。
もちろん、生徒が急に勉強し始めることもあるだろうし、世の中が思わぬ方向に変わることもあるだろう。
しかし、それは今見えているものまで曖昧にしてよい理由にはならないと思う。
もっとも、僕は現実だけを見ている人間でもない。
もしそうなら、毎月あれほどの報告書は書かないだろう。
一人ひとりが決めた課題や分量をホワイトボードに記録し、その達成状況を確認したり、丸付けをすべて自分で行ったりもしないと思う。
効率だけを考えるなら、もっと楽なやり方はいくらでもある。
「そこまでやって意味があるのか」と思う人もいるかもしれない。
実際、報われる保証などどこにもない。
それでも続けているのは、勉強には価値があると思っているからだ。
生徒は変わることができると思っているからだ。
そして、自分自身が勉強することや考えることを好きだからだ。
自分はどちらかと言えば現実主義者だと思う。
希望的観測はあまり好きではないし、生徒を見る時も、社会を見る時も、まず現実を見る。
ただ、現実だけを見ているわけでもない。
現実を見ることと、理想を持つことは矛盾しない。
むしろ理想があるからこそ、現実から目を背けてはいけないのだと思う。
生徒の現状を正しく見なければ、成績は上がらない。
塾の現状を正しく見なければ、良い塾にはならない。
自分自身の現状を正しく見なければ、成長もできない。
だから僕は、希望的観測よりも現実を重視する。
ただし、現実だけを見て諦めるつもりもない。
理想だけを語るつもりもない。
理想を実現するために現実を見る。
言うなれば、理想を見る現実主義者なのだと思う。
