自発的ではない自習
- shinpujyuku
- 2025年11月10日
- 読了時間: 3分
更新日:2025年11月20日
各人の自習室での勉強姿勢を眺めていると、
「この子は自習が上手だな。」
「この子には自習が合っていないな。」
というのがありありとわかる。
自習が合っていない例としては、
① 姿勢が悪い。
姿勢よく勉強している人はテキストの問題と面と向かい、真剣に考えたり、一生懸命手を動かしたりしている。
机にうつ伏せた状態の人は手が止まっていることが多く、そのまま眠りについてしまうこともしばしば。
(ちなみに僕は居眠りをしている子がいても起こさない。
眠たい場合には短時間の居眠りをして頭をスッキリさせ、再び姿勢よく勉強してくれるのが良いと考えている。)
② 手元が動いていない。
上の話と重複するが、ノート等に落書きをしている人はさておき、手元がよく動いている人は集中できていることが多い。
問題の解き方を考えるわけでもなく、ただぼーっとしている人は一度自習を切りあげた方が良い。
③ 質問以外での離席時間が長い。
廊下に出てスマホをいじるなど、僕の所に質問に来る以外の理由で長時間離席をすることが多い人は、どうにかして勉強から逃れようとしている。
こういう人も自習に向いていない。
(ちなみに「上手な自習の仕方」については、別の記事に記している。)
「家の方が集中できるから家で勉強する。」
「塾の方が集中できるから塾で勉強する。」
どちらも大いに結構である。
後者の方がまさっている点は、「僕がその子の勉強を把握しやすい」ことくらいであろうか。
やる気はあるけれどまだ勉強が上手ではないような子は、塾に来て勉強してくれた方がこちらから適切なアドバイスをしやすい。
しかしそのどちらでもなく、
「親から『行きなさい。』と言われたから来ている。」
という人は上記の①②③にきわめて陥りやすい。
無論親御さんからの言葉に重々納得して来ているのであれば、その自習は効果的である。
しかし「誰かに言われたから。」と言う子は、自分自身がそうすることに十分納得できていないことが多い。
半ば強制的に行かされる自習はその効果が十分に見込めないので、正直推奨できない。
この塾は生徒の自主性(=気持ち)をもっとも重んじるからこそ、自習に来るも来ないも本人次第。
そもそもこの塾での自習が強制ならば、僕から「自習に来なさい。」という声が掛かるはずである。
無論自分で決めた課題を期日までに仕上げられていない子には「いつ終わらせますか?」と尋ねるが、それ以外の自習はあくまで自発的なものでなければならないという信念がある。
「勉強をしよう。」という気持ちは本人の胸の内から生じるべきものであるという理想を、教え始めて20年経った今でも掲げ続けている。
だから僕から何も言われていないのに、親御さんから「行きなさい。」と言われてしぶしぶ自習に来て、結局実のある勉強をできないというのでは元も子もない。
お子さんの気持ちとは裏腹に「うちの子には毎日必ず塾で〇時間勉強させたい。」という思いをお持ちの親御さんには、大変恐縮だが他の塾を当たっていただいた方が良いだろう。
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今年も年賀状を入手すべく、先週木曜日に郵便局を訪れた。
「あれからもう1年が経つのか。」
と時の流れの速さを実感する。
窓口で年賀状を購入する際、
「これは先着順にお渡ししている粗品です。」
とオリジナルカレンダーをいただいた。
「おそらく僕が一番早くに購入しているのではなかろうか。」などと思いつつ、その場を後にした。

この年賀状一つをとっても、生徒たちに少しでもやる気を出してもらうための手段である。
これからの一ヶ月間で、各生徒に向けて書く文面をじっくりと考えていきたい。